1888年 磐梯山の噴火

1888年7月15日に発生した磐梯山の噴火では、噴火に伴い山体
崩壊が発生し、磐梯山を構成する成層火山の峰の一つであった
小磐梯は全面的に崩壊し消滅しました。
そして北麓に岩屑なだれが流れ下り3つの集落が埋没しました。
この噴火は、特に裏磐梯と呼ばれる北西側に甚大な影響を与え
ました。
火山の噴火により山体崩壊が起こり、大量の土砂や岩石が流れ
下り、近隣の村々が埋没しました。
特に、長瀬川が土砂でせき止められ、数十もの新しい湖沼が
形成されました。
その中でも、五色沼や桧原湖が有名です。
この噴火は水蒸気爆発型で、山体崩壊を引き起こし、磐梯山の
一部であった小磐梯が消滅しました。
この噴火により、岩屑なだれや泥流が発生し、北麓の3つの
集落が埋没し、477名が死亡しました。
また、噴火によって形成された湖(桧原湖、小野川湖、秋元湖)
もあります。
この災害は、明治以降の日本で最も多くの犠牲者を出した火山
災害として記録されています。
噴火によって形成された裏磐梯の景観は、現在観光地としても
知られています。
この噴火は、日本の火山活動の歴史の中でも重要な出来事の
一つとして記録されています。
●噴火の状況
水蒸気爆発:
磐梯山の噴火は、地下水とマグマが接触して発生する水蒸気
爆発というタイプでした。
山体崩壊:
噴火に伴い、山体が大規模に崩壊し、岩屑なだれが発生しま
した。
この岩屑なだれが北麓の集落を襲い、多くの犠牲者を出し
ました。
泥流:
岩屑なだれが水と混ざり合い、泥流となって長瀬川流域を襲い、
さらなる被害をもたらしました。
磐梯山噴火の教訓は、現代の防災にも活かされています。
例えば、ハザードマップの作成や防災訓練の実施など、様々な
取り組みが行われています。
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