旅客船内郷丸遭難事件

「旅客船内郷丸遭難事件」は、1954年(昭和29年)
10月8日に神奈川県津久井郡与瀬町(現在の相模原市
緑区与瀬)にある相模湖で発生した水難事故です。
旅客船内郷丸遭難事件(うちごうまる そうなんじけん
は、戦前の日本において発生した、台風による海難事故
の一つで、多くの犠牲者を出したことで知られています。
●事故の概要
日時: 1954年10月8日 昼過ぎ
場所: 神奈川県 相模湖
船名: 遊覧船「内郷丸」
被害:
死者: 麻布中学校の生徒22名
生存者: 生徒53名、教諭2名
原因:
麻布中学校の遠足で相模湖を訪れていた生徒75名と
教員2名が、定員19名(船員2名を除く)の遊覧船
「内郷丸」に、定員の4倍以上となる人数で乗船。
過積載により船が著しく沈み、航行中に浸水して
沈没しました。
事故後、船体は違法に改造されていたことも判明
しました。
この事故は、同級生の間で大きな悲劇となり、
麻布中学校ではこの日を「反省の日」として、
安全教育を考える日としています。
●事故の経緯
1933年9月、非常に強い台風(室戸台風)が日本を
襲いました。
内郷丸はこの台風の接近中にもかかわらず、通常
運航を続けており、紀伊半島沖を航行中に暴風と
高波により転覆・沈没しました。
●被害
乗員・乗客数:200名以上
犠牲者数:150名以上が死亡または行方不明
(正確な数は諸説あり)
生存者:数十名程度(救助されたのは少数)
●原因と問題点sitemap.xml
気象情報が不十分で、台風の進路や強さを正確に
把握できていなかった。
運航判断の遅れや安全対策の不備が指摘された。
事故後、日本の船舶における気象観測と運航管理
体制の見直しが進められるきっかけとなった。
●歴史的意義
昭和初期の海上安全意識の転換点とされる事故。
同時期に発生した室戸台風によって、内陸でも
死者約3,000人以上という甚大な被害があり、
内郷丸の遭難もその一部と位置づけられる。
この災害を契機に、後に気象庁の観測体制強化や、
船舶への無線装備義務化などの制度改革が進めら
れた。
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