巡洋艦インディアナポリス号の悲劇
インディアナポリスは、アメリカ海軍のポートランド級
重巡洋艦であり、インディアナ州インディアナポリスに
ちなんで名付けられました。
第二次世界大戦末期、アメリカは日本本土への原子爆弾
投下を計画していました。
インディアナポリスは、そのための重要な部品を
テニアン島へ運搬する任務を命じられました。
巡洋艦インディアナポリス号の悲劇は、第二次世界大戦中
の1945年7月30日に発生しました。
アメリカ海軍史上最大の海難事故の一つです。
この事故は、核爆弾「リトルボーイ」を含む原子爆弾の部品
をティニアン島に運んだ後に、フィリピンのレイテ島へ向かう
途中のインディアナポリス号が、日本海軍の潜水艦I-58に
よって撃沈されたことに始まります。
7月30日深夜、インディアナポリスは伊58の魚雷2発を受けて
沈没しました。
艦長以下約900人は海に投げ出され、サメや脱水症状、飢餓など
によって命を落としていきました。
インディアナポリス号は、撃沈された時には約1,196名の乗組員
が搭乗しており、その後4日間以上にわたって救助が行われ
るまでの間、生存者たちは極限状態に置かれました。
事故発生後、多くの乗組員が即死し、さらに多くの者が負傷
したり、シャークに襲われたりして亡くなりました。
インディアナポリス号の沈没前、乗組員の約900人が艦を脱出
しましたが、救助されたのはわずか316人でした。
最終的に生き残った約316名の中で、多くの者が脱水症状や
海水飲用による健康障害、そしてシャークによる攻撃など、
過酷な状況に直面しました。
この悲劇は、いくつかの重大な失敗によって引き起こされました。
まず、インディアナポリス号が撃沈された後、海軍はその失踪に
気づかず、適切な救助活動が行われませんでした。
さらに、船の安全に関する警告が無視されたこと、そして艦船が
潜水艦による脅威に十分に備えていなかったことも、事故の原因
として指摘されています。
この事件は、映画『ジョーズ』でも言及されており、その後の調査
によって、艦長チャールズ・B・マクベイ3世の軍法会議が誤審で
あることが明らかになりました。
インディアナポリス号の悲劇は、その後のアメリカ海軍における
救命および救助手順の見直しにつながりました。
また、この事件は、戦時中の通信の重要性、そして軍の指導部に
おける調整と責任の問題を浮き彫りにしました。
乗組員たちの生存者は数十年にわたってその経験を語り継ぎ、
インディアナポリス号の悲劇はアメリカ海軍史上最も悲惨な
海難事故の一つとして記憶され続けています。
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