水戸黄門の食事
水戸黄門こと水戸二代藩主徳川光圀公は、当時の平均寿命が
50歳と言われた時代に、73歳という長寿を全うしました。
長生きしたのは食事に気をつけたのだからと言われています。
食事には漢方を取り入れて、季節の野菜をよく食べていた
そうです。
水戸黄門は、食事に関しては関心が深いようであり、うどんや
冷麦を自分自身で打つのが得意であったと言われています。
食材についてもこだわりがあり、米は常陸太田の河合米を使い
鮭は那珂川で捕れたものを、また、鮎は久慈川でのものに
こだわりがあったようです。
また、中国の人からの紹介で、牛肉料理や中国のハムとか餃子
さらに、乳製品も食べていました。
牛肉を入れたスキ焼を日本で初めて食べたのが光圀であるという
言い伝えもあります。
光圀は、牛乳と焼酎をベースにした食前酒を飲んでいて、中国の
薬膳で最高の贅沢とされた牛乳酒は、とても口当たりがよい味
だったようです。
このようにして、光圀は牛を放牧しながら牛乳やチーズを作って
いたそうです。
秋になると、代表的な高級食材であるマツタケを塩漬けにして
おいて、すぐには食べずに、翌年の4月に召し上がったそうです。
魚については、冷蔵庫がなかった当時には、酒に漬けるなど工夫
して生魚を保存していたようです。
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